
山ならぬ、海の日に本邦第2の高嶺・北岳アンド間ノ岳に、知人&家族で出掛けてきました。写真は山頂直下での1シーン。これまで撮った中でも、飛びっきりの1枚でしょ!
ところで。
山行自体は、もうへろへろで、、 ← 娘だけが最後まで「走って」ました!
ただの夏山ピークハントだったのですが、体力の低下を思い知らされました(^^;
Tri4Japanの記事、でかでかと掲載されましたね~(^^)
すでにもう2ヶ月経過しました。
会社の案内で、ちょっとだけ役立つ機会を頂きました。社内報に寄稿するため書き起こしましたが、どうも趣旨に沿わないようで、没になったものを加筆しました。
自分の思いを晒すのははしたないことかも知れませんが、ここからTri4Japanに辿り着く方が現れれば、それでいいんじゃないかと思います。
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その時は国府の工場にいた。これまでに経験したことのない、波長と揺れの時間の長い地震だった。「ずいぶん揺れたなぁ」、安全確認のため一旦出された場外から戻り、それ以前と同じように書類を見、電卓を叩き続ける作業を夕刻まで続けた。帰りの駅に向かうタクシーで、運転手さんが「7mの津波があったようですね」と話すのを聞いて絶句した。初めて被害の甚大さを理解した。阪神の時、未明の揺れは下から突き上げるようだった。まるで異なるタイプの揺れに、想像力は殆ど機能しなかったのだ。しかし、その時ですら未だ今日に至る混乱のことは思いつきもしなかった。
2週間後に訪れた別の工場では、中核となる部材がその日の朝から突然入手できなくなった。聞けば、福島の会社が作っているものだとか。静まりかえったプレス工場というのは、何とも不気味だ。翌日、子供たちがお世話になっている学童の行事があり、仲良しの普段は快活な知人が意気消沈の様子で静かに隣りに座り、俯いたまま語り始めた、、
そしてこれまでの間。急遽実現した日本代表vs J選抜戦では、日本中があのカズダンスを目撃することとなる。サッカーファミリーには、あのシーンは必ずや伝説として語り継がれていくだろう。わがグランパスは、わずか1度のチャリティーマッチで1,000万円を超える義援金を集めることに成功した。一方、すでに離れて久しいかつて自分のアイデンティティーであった山の世界からは、現地入りした知人から「他ジャンルからはたくさんの人が支援に入っているが、山ヤは極めて少ない、、」との報告も。
5月6日、名大環境学総合館。会社の紹介でボランティアに参加。日本でも屈指の防災拠点で、被災地の小中学校へ届ける物資の搬入を手伝う。安全が保証された中でのたった4時間の支援活動。うち実働は5割あったかどうか、、事前の情報と実際に届く数が合わなかったりで、コーディネーターの方は都度確認に追われていた。現地の混乱ぶりを、僅かながら垣間見た思いがした。
翌日。40日前、釜石・大槌の親戚が行方不明だと話していた知人から連絡があり、最後の5人目が見つかったと。ただし、見つかったのは右腕だけ。「ほんとに本人だろうか?」との思いは拭えぬものの、翌日には合同で火葬され、気持ちのうえではこれで一歩進めるかなと、、「絶対に動かないって言ってたお袋も、これでちょっとは気持ちが解れたみたい」。
彼が藁にも縋る思いでNZの知人に宛てたメールがきっかけで、まず英国でサイトが立ち上がり、世界中のトライアスリートに広まったTri4Japan(http://www.tri4japan.com/)。この40日の間に日本語サイトも出来、国内にも着実に支援の輪が広がった。彼は日本サイドの事務局長になった。その立ち上げの場にたまたま居合わせたのは事実だけれど、この運動をここまで大きくしたのは知人であり、僕はただ話を聞いていただけだった。
しかし、それにしても。なんとこの世は理不尽で満ち溢れているんだろう、、

出張でシカゴに行ってました。その帰り、、、「もしや」という思いはありましたが、実際に目にした時には、「まさか!」。
アラスカ上空は上々のお天気で、最初は山肌を鋭く抉った氷河地形に見入っていました。ふと遠くに目を転じた時、「あれだけ大きい山は、デナリ(マッキンリー)しかないよな、、」
20数年前、学生時代に始めた山の1つの帰結点として、”マッキンリー”という目標を定めました。それに向け、30万円を目標にバイトしたお金を貯めてたあの頃。
同じ6,000mでも極北のそれはヒマヤラの7,000mに匹敵すると言われ、当時まだ1人で挑む度胸のなかった僕は、結局仲間を集められたネパールに転進、それ以来デナリとは関わりがなくなってしまいました、、
期せずして出会ったデナリの青空、眩しかったなぁ~(^^;
気がつけば、もうあと1週間で今年も終わり。
いろんなこと、ありました。昨年までパスポート失効してたのが急遽海外出張3回、秋には17年ぶりにデュッセルを訪ねたり。会社では余分なお叱りを頂戴したり(^^;
ザトウのブリーチ見たし、ニタリのスパイホップも撮ったし。そうそう、グランパスも優勝したし!
1年の締め括りに、槍ケ岳のBad Brothersの写真も捨て難かったですが、年賀状の写真とは別バージョンで一番のお気に入りの写真、娘には内緒でUPしちゃいましょう(^^)
秋の高知まで、伸るか反るかの大遠征の末、素晴らしい幸運に恵まれました!
ふだんは滅多に群れることのないニタリクジラがこの時期になると大群となることが近年分かってきたそうで、半ばモニターのような立場(←有料だけどね)でツアーに参加しました。数少なくなった自然界の謎解きに参加できるなんて、それだけでわくわくしません?
で、それがさ、ほんとにいたんです!それも、ふだんでも滅多にないほどの船から間近な距離に(^^)もう最接近した時なんて、クジラの噴気が顔を直撃したぐらい!!
全部で一体何頭いたのか分かりませんが、一帯の水域にいたクジラたちが合流してその日一番の大きな群れとなった時には、数えられる限りで船のすぐ前方に8頭が順に海面に浮上しては潮を噴き上げる!「恐怖」?などとは違うはずですが、もう、それはそれは鳥肌が立つかのような、心持ちの話じゃなくて本当に身震いがしました(^^;




これらの写真、ついに連写重視で購入したデジイチの真価を発揮することができました!(^^)
で、この話にはオチがあって、自分も大満足でしたし、十分に見て(←主催者発表で20頭!)子供たちは先週から翌日(今日)に順延となった区民運動会の方に気が行ったので「日帰り」となったのですが、何と今日は、さらに上を行く30頭が集結したんだってさ!(^^;
曼殊沙華とは1週間のタイムラグが生じてしまいました、、

ついでに、この子は花じゃありませんけど、、 ← さらに、夏のものが10月になってもまだ続いているんですけどぉ(「太く、短く」?(^^; )
出港でぇ~す

まずは、私!

絶好調なのだ

あらま、、

エビでサメ釣り?!

本日の釣果(アジも鯛も35cm、釣ったのは、、)

僕で~す、イェ~イ!

鯛とカサゴ、アジのたたきの3種盛り!!

さらに!煮付け(←これは人に作ってもらったんだけど)